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アヤソフィヤ内部② (イスタンブール・トルコ)


  前回に続いて、アヤソフィアの内部のモザイクをお送りします。


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  (聖母子) アプシスのモザイクである。 


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 (アヤソフィアを捧げるユスティにアヌス左と首都を捧げるコンスタンティヌス右)


      

    ビザンツの歴史上の人物が描かれているのは(下)、興味深い。


  (参考:初期キリスト教美術・岩波書店   ビザンツとスラブ 世界文化社)


  (アヤソフィアの内部は次回に続きます)

   

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アヤソフィアの内部①


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  ビザンティン全建築史の最高傑作

  

  ポール・メルルはその著「ビザンチン美術」の中でアヤソフィヤについて”最高傑作”と

  のべているが(注①)、まさにその内部は圧巻である。

 、その中央の大円蓋は

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 大円蓋は地上54メートルの高さに位置し、巨石を積み上げ、その上に直径約33メートルの

 大円蓋をを6世紀のいう時代に築きあげたのである(注2)。その壁面には、大理石と

 モザイクで覆いつくされていたそうである。


 その壁面のモザイクのなかにキリスト像がある。それこそがアヤソフィヤつまり神、キリスト

 である。DSC_0028 (2).JPG

 

 この画像はオスマントルコの時代にモスクとして使用されたときに漆喰などで塗り込められたり

 したそうであるが、後年幸いなことに剥がす作業が行われ再び表面に現れたのである。

 それが現在の姿である、 

  
  (注①ビザンチン美術 美術出版社)

  (注②:尚樹啓太郎著コンスタンティノープルを歩く) 

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アヤソフィヤを訪ねる


  今回のトルコの旅で最も訪ねたかったアヤソフィヤ

 ソフィアとは、知恵の意で、またの名のアギア・ソフィアとは聖なる知恵、

 すなわち神そのもの、キリストそのものを指すそうである。


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 アギアソフィア聖堂は404年に焼け、415年テオドシウス2世のとき再建され、531年

 ニカの乱のとき、アギア・イリニ聖堂とともに完全に焼け落ちた。ユスティニアヌス1世は

 ニカの乱鎮圧後ただちに再建に着手。   しかしそれは再建というよりも、あらたなる建設と

 いうべきものっであった(注)。

    この偉大な建築物もオスマン・トルコの占領後モスクに転用されたのは、いうまでもない。

   なお、この聖堂は現在は博物館として公開されている。

 (内部は次回お送りします。

  (注:コンスタンティノープルを歩く 尚樹啓太郎著 東海大学出版会より)


 

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イスタンブールへ戻る

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  (古都イスタンブールの雑踏)

  

  昔、ここからイランへ向かった遠い道のりの出発地点イスタンブール。

 交通手段はバスのみ。その現役時代の思い出が蘇りました。

 いつかは、ここへ戻りゆっくりアヤ・ソフィヤ、ビザンティン時代のアギア・

 ソフィア聖堂を観てみたいといういう願いが叶い、しばし感慨に耽りました。


  (注:ヨーロッパ中世史の碩学橋口倫介氏は氏の著書(中世のコンスタンティノープル)

  の中で、ヨーロッパ中世の歴史概念には、普通東欧、中近東という東地中海世界が含まれて

  いないとしるされている)。

  

  

 

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ビザンティンの夢 


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  トルコを訪ねました。数回に分けてお送りします。 

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ノートルダム寺院 (フランス・パリ)


  悲惨な火事に見舞われたノートルダムを見学に

  出かけました。

  やはり大きなダメージを受けていました。

  当時(火災の時)、フランス大統領はすぐに復興

  に着手するべく動くような発言が見られましたが、

  現状を見て、残念ながら修復の完成には多くの時間

  が掛かりそうな気がします。

  


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 火災の模様は如何ばかりかと、多くの見物人が見られました。


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  やはりダメージは大きい。重症といった感じでした。

                                 


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  ここは、時間をかけて修復し、昔の姿に戻ることを願いたい。

  偉大なフランスの文化遺産。


  その修復の暁には、再び見学に訪れたいと強く思いました。


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久しぶりのルーブル (仏・パリ)


    




   ルーブル美術館.JPG



    会場内は非常に混んでいました。

   いつものことながらのことでしたが、今日は異常なほどの

   込み合いでした。


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     ということで、今回はミケランジェロの間に絞って

    見学しました。といってもこの会場にたどり着くのに

    難儀し、結局のところ、他のところも見ながらの見学と

    相なりました。というのも、この会場は終わりの近い

    所に展示されているのです。


                   



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       (瀕死の奴隷)

   肩の下に巻かれた縄が特徴的です。


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        (反抗する奴隷)


   イタリア・ルネサンスの巨人ミケラアンジェロの作品はフィレンツェに多くは

 観られるのは当然ですが、こうやってパリのルーブルで観られて良かった。


 

 



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再びのパリ


  久しぶりにフランス・パリに戻って来ました。



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   セーヌ川は相変わらず、滔々と流れ





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 橋の欄干を飾る花も美しく迎えてくれました。

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番外編 八ヶ岳山麓の今



  今年のゴールデンウィーク、季節の移り変わりを感じるべく?

 八ヶ岳山麓を今年初めて、訪ねた。

 ここは、まだ春には遠く、東京郊外の我が家(東京西部)より

 一か月遅れといった感じでした。



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  目につく野草はまだスミレだけでした。


 八ヶ岳周辺は桜が満開、スミレもやっと顔をだしていた。

 今年は長いゴールデンウィークとあって、温泉やレストランなど

 どこも混みあっていました。

 


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ノートルダム寺院の火災



     昨日、早朝TVの中継で我が目を疑った。ノートルダム寺院の火災、

 驚きとともに、ショックだった。 あの大寺院が燃えていたのだから。

 特に、尖塔があっけなく、崩れ落ちたシーンは深く目に焼き付いている。


 よく、中世の寺院が火災で焼失すると本などで読むと、そんな馬鹿な、

 石で出来た建築が そんなに簡単に焼け落ちることは無いはずと思って

 いたが、昨日のニュースの画像を目の当たりにして以外とあっけなく

 燃えるものだなーと変に納得した。


 それも屋根裏に木材が多量に用いられているわけだから(木組み)、

 それも800年位 経っているわけだから、いとも簡単に燃え落ちるわけだ。

 盲点である。ただもっと厳重に防災設備が整っているものた考えていた。

 貴重な文化遺産なのだから。


  フランス人にとってランスの大聖堂が戦争で破壊(ドイツ軍による)されて

 以来のショックだという。


 火災の現場に駆け付けたマクロン大統領は大聖堂を再建すると述べたとニュースで

 報じているが、それを見守るしかないというのが現実である。

 確かに大聖堂はよく再建されている歴史がある。



 次回は遅くなっていますが、フィレンツェのサン・ロレンツオ聖堂の続きをお送りする

 予定です。



 

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  非常に優美な内部である

  次回はもっと詳しくお送りします。

 

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